早めに歯を抜いて、インプラントした方がよいという考え方の矛盾
当院は歯を残す歯科医院であるため、抜歯してインプラントしないといけないと言われたという初診の問い合わせが恐らく4割くらいです。しかし、実際即抜歯の診断になることはあまりありません。色々な理由で、「早く歯を抜いてインプラントした方がよい」といわれたという患者さんの訴えがあります。早めの歯を抜いてインプラントした方がよいという言葉のおかしさ・矛盾について説明いたします。
そもそも、インプラントは歯ではなく、骨に固定式の入れ歯であり、ブリッジや入れ歯と同じく歯の代わりには絶対になりえず、性能は歯より低いです。
歯を抜いた方が良い状況とはそもそもどういう状況?
歯を抜いた方がよいと判断されるだろう状態はいくつかありますが、 特に多いのが、要するに歯が原因で骨に炎症が広がってしまい、炎症を抑えることが出来ない状態です。例えば、重度の歯周病や根尖性歯周炎、また歯根破折などがこの状態になりがちです。歯を抜くことで、原因が除去され、骨での炎症が解消されるということです。
骨の炎症を放置するとどうなる?
落ち着いている場合は症状が大してないこともあります。症状がある場合は、以下のような症状が出ることがあります。
- かむと違和感が出る・痛い。
- 歯ぐきから血やうみが出る。
- 歯ぐきが腫れる。
- 歯がグラグラしてくる。
- 臭いがする。
- 最悪、横の歯の骨を溶かして横の歯までダメにする。(抜歯させるための脅し文句)
インプラントを入れても、結局、骨の炎症から解放されない。
インプラントは骨に人工のネジを入れる処置です。インプラントを入れると、インプラント周囲炎と呼ばれる骨の炎症になる可能性があります。その可能性が大体3年後に30%以上と比較的高い確率いうことがわかっています。歯を抜くのは骨の炎症を抑えるためなのに、骨の炎症がまた割と高い確率で起こるインプラントを入れても、あまり解決になっていないような気がします。インプラント周囲炎は、歯の骨の炎症と同じ症状が出ます。インプラント周囲炎の治療法確立されていません。インプラント周囲炎を起こしたら、インプラントを抜いて、またインプラントを入れなおすのでしょうか?そんなことをしていたら、体や身体的な負担はとても重いです。インプラント周囲炎をこじらせれば、結局、横の歯を巻き込んでしまうような大きな病巣を作ります。横の歯を守るために早めに抜歯してインプラントしましょうは論理的におかしな提案です。
入れ歯やブリッジは骨の炎症を起こす可能性はゼロなので、そちらの方がある意味根本的な解決です。
そもそも、骨の炎症を引かせる努力をしたのか?
根尖性歯周炎に対する感染根管治療(精密根管治療の場合)の成功率は大体10年後に70%なので、 インプラントの成功率(インプラント周囲炎を起こさない確率)より大幅に高いです。論理的に言えば、インプラントより、感染根管治療を真剣に行うべきで、感染根管治療をいい加減にして早めにインプラントするなんて、成功率を下げる行為でしかありません。
骨の炎症は必ず抑えなければならないのか?
歯の状態が悪く、色々な歯の治療法どれを行っても歯からの骨の炎症を抑えることが出来ない場合は、抜歯の提案をされてもおかしくないのかもしれません。しかし、長期的にみれば、高い確率でインプラントはインプラント周囲炎を起こし、結局、元の歯と同じように炎症を起こすわけです。そして、大抵インプラントを勧められるときに、「3年ごとに3分の1の確率で炎症が起こるので、その度にインプラントを取り除いてやり直しましょう」とは説明されないわけで、実際は、インプラント周囲炎(骨の炎症)を許容しているわけです。
歯からの骨の炎症は許容せずに抜歯をするが、インプラント周囲炎は許容するというのは、ダブルスタンダードだと思います。もちろん、骨の炎症を抑えるための手を尽くすというのは大事であるし、炎症がない状態が当然ベストだと思いますが、医学の限界もあります。歯からの骨の炎症も、例えば症状が日常生活に関わりない程度で軽微にコントロールされており、進行している感じでなければ、抜歯せずに許容しても良いのではないかとも考えられます。
謎の抜歯理由
謎の抜歯理由を書いていきます。今の制度上、インプラントは保険適用はでないため、誰でも気軽に自由診療にして利益を出しやすいという前提を頭に入れておくべきです。
神経が死んだから抜歯してインプラントしましょう。
神経が死んだ場合、感染根管治療という治療法があります。初回治療の場合、精密根管治療であれば、10年後の成功率80%くらい出ます。インプラント周囲炎を起こす可能性より大分低いです。
歯が割れた(神経のある歯の浅い部分)から抜歯してインプラントしましょう。
割れ方にもよりますが、浅い場所で割れている場合、問題なく歯を残せる場合が多いです。精密根管治療(10年後の成功率80~90%)と歯冠長延長術(適用であれば、成功率はほぼ100%)なので、成功率はかなり高いと言えるでしょう。場合によっては、神経を保存できる可能性すらあります。インプラント周囲炎を起こす可能性より大分低いです。
病巣が大きい(実際は特に大きくもなくよくある感じ)から抜歯してインプラントしましょう。
病巣が大きくても大きくなくても、、感染根管治療などで治る可能性が高いです。小さい病巣が少し残っても症状がなければ、抜くほどではないという話にもなります。また病巣が大きいから治せないというわけではなく、病気の原因を取り除くことが難しければ、治療が難しいということになります。病巣が大きくても、原因の除去が簡単な場合は多々あるため、感染根管治療などで対処できることは多いです。もちろん、病巣が大きすぎて、手遅れということもありますが、それは例えば歯の表面の面積の半分から3分の2くらいの骨が病巣により溶けててしまっており、歯がグラグラしてきているなどの極端な場合です。(また、歯がグラグラしていても、グラグラになっている原因によっては治せる場合もあるため、即抜歯というわけではありません。)
横の健康な歯を守るために抜歯してインプラントしましょう。
病巣が非常に大きくなれば、確かに横の歯の骨を溶かしてダメージを与えることがありますが、それはインプラント周囲炎でも同じことなので、インプラントを入れても解決するわけではありません。 病巣が隣の歯とまだ距離があってもそう提案される場合は、論理的におかしな話になってしまいます。そして、病巣がどんどん大きくなって、横の歯を巻き込むサイズまで拡大していく確率はそれほど高くないと思います。難症例が多い当院の初診でも、そこまでのサイズになっているケースは年間数ケースです。割合としては数%程度です。
また、たとえレントゲン写真上で病巣が横の歯にかぶっているように見えても、検査をしてみれば実際は横の歯にダメージを与えていないことも多く、適切な治療で骨の回復が認められるケースも多々あるため、横の歯を守るために予防的に抜歯することは、実際あまり起こりえないと思います。
歯の根っこが上顎洞に近いから、根管治療せずに抜歯してインプラントしましょう。
上顎の奥歯など、根っこの先が上顎洞という副鼻腔(鼻とつながっている空洞)に近いから、根管治療出来ないから抜歯とされることがあるようです。真実は、そんな状態でも普通に根管治療は適用であるし、割とよくあることでもあります。そもそも、上顎洞炎で耳鼻科にかかると、歯から来ているので歯を治してくださいと耳鼻科の先生から依頼される場合すらあります。
根っこの先と上顎洞が近いケースは、インプラントも骨が少ないため入れづらいはずです。上顎洞に骨を作る手術もありますが、その場合、上顎洞に骨補填材という骨を作る材料を入れます。骨補填材には、海外の身元の分からない人のご遺体から骨を取り出しているもの(凍結乾燥骨)、牛の骨から作った発がん性がある可能性があるもの、安全でも骨が薄くしかできない効果が薄いものなど、問題が多々あります。
歯周病があるから、全ての歯を抜歯してインプラントしましょう。
インプラントにも歯周病の細菌が感染し、インプラント周囲炎が発症してしまいます。論理的には、歯周病の方はインプラント周囲炎のリスク持ちということになります。恐らく、歯周病がひどい方は3年後の成功率は70%を大きく下回ります。たとえ、歯周病がインプラント周囲炎のリスク因子ではないという論文があったとしても、論理的に考えれば、論文の捏造が疑われるくらいのものです。
また、歯を全て抜けば歯周病の細菌が全滅して、インプラント周囲炎にならなくなるというのは嘘です。歯周病の細菌は舌にも感染するため、歯を抜いても口の中に感染し続けています。
歯周病の完全な治療法は現在ありませんので、歯周病の方は大変ですが、出来るだけ抜かずに保存的な処置を行い、インプラントを避けて入れ歯やブリッジで対処するのが現実的だと思われます。
インプラントを全否定しているわけではありません。
適切に処置されたインプラントは、人の健康を支えるものだと思います。医療の原則は、出来るだけ病気になる前の体に戻して治すということだと私は思います。インプラント(固定式の入れ歯)ではなく、天然の歯を残した方が、当然、元の体に近いです。また、残念ながら、インプラントは世間で言われているより成功率は高くありません。保守的に考えて、良い状態で使えるのが3年で、トラブルを起こしながらも何とか使えるのが10年くらいといった認識でいれば良いと思います。そうなると、コストパフォーマンスは非常に悪いということにはなります。